「ストーリーで語れ」「分かりやすく説明しろ」
プレゼンや文章について、私たちは何度もそう言われてきました。
確かに、順番立てて話すことは大切です。
スライドを工夫することも、無意味ではありません。
それでも、こんな経験はないでしょうか。
きちんと説明したはずなのに、相手の反応が薄い。
スライドも用意したのに、「で、何が言いたいの?」と言われる。
私は長くラジオの現場にいました。
映像のない世界で、言葉だけを使って人に伝える仕事です。
その現場では、ある一言が何度も繰り返されていました。
「説明しているうちは、まだ足りない。絵が見えてこない」
この感覚が、後になって腑に落ちた言葉があります。
それが「Show, don’t tell(説明するな、見せろ)」という考え方でした。
ストーリーで語っているのに、なぜ刺さらないのか
最近は「ストーリーで語れ」という言葉をよく聞きます。
確かに、出来事を時系列で並べると話は分かりやすくなります。
しかし、ストーリーなのに心に残らない話が、あまりに多い。
「不安だった」「努力した」「成長した」「成功した」
言っていることは立派なのに、なぜか信用しきれない。
理由はシンプルです。
それは“ストーリー形式の説明”で終わっているから。
出来事は並んでいる。
でも、判断するための材料が置かれていない。
プレゼンの成長段階で起きていること
プレゼンや文章の上達には、はっきりした段階があります。
初心者は、言葉で説明します。
丁寧に、親切に、漏れなく語ろうとする。
中級者は、画面で見せます。
スライド、図解、写真、動画。
視覚情報を足して、伝えようとする。
ここまでは、多くの人が到達します。
では、上級者は何をしているのか。
上級者は、相手の頭の中で「映像」を動かしています。
説明では人は動かない。体験でしか動かない
人は「正しい説明」を聞いても、なかなか動きません。
なぜなら、説明は理解を生むだけで、体験を生まないからです。
一方で、具体的な状況や行動が示されると、
人の頭の中では、同じ場面が再生されます。
深夜の静かな部屋。
スマホを伏せても、通知音が鳴った気がする。
通帳の残高を見て、何も言えなくなる。
これは説明ではありません。
立ち会わせているのです。
脳は、想像と実体験をほとんど区別しません。
だからこそ、「見えた話」は信じられる。
ラジオの世界では、これは常識だった
テレビには映像があります。
ラジオには、ありません。
だからラジオでは、
言葉だけで風景を立ち上げる必要がありました。
「盛り上がっています」では足りない。
「拍手が一拍遅れて、後ろから追いかけてきます」
説明ではなく、状況を再生させる。
これが「絵が見える話をしろ」という意味でした。
今思えば、これはそのまま「Show, don’t tell」の思想です。
なぜ50代の読者には、これが効くのか
若い頃は、答えを教えてもらいたい。
しかし50代になると、そうではありません。
判断力も、経験も、すでに持っている。
だから欲しいのは「結論」ではなく「材料」。
教えられたいのではない。
自分で判断したい。
だからこそ、説明や結論の押し付けは嫌われる。
代わりに、事実・数字・行動・順番が求められる。
ブログやプレゼンで最低限やるべきこと
上手く書こうとする必要はありません。
やるべきことは、むしろ少ない。
評価語を減らす。
感想を急がない。
何が起きて、どう選び、どう変わったかを書く。
それだけで、相手の頭の中では映像が動き始めます。
Showを誤解すると、文章は壊れる
よくある誤解があります。
Showとは、情景描写を盛ることではありません。
美文を書くことでもありません。
Showとは、判断材料を誠実に出すことです。
事実を隠さない。
都合の悪い部分も省かない。
それだけでいい。
結論|上級者は、脳内中継をしている
プレゼン初心者は、説明します。
中級者は、画面で見せます。
そして上級者は、
相手の頭の中で、時間と映像を動かしています。
文章も、プレゼンも、教育も、
最終的にやっているのは「脳内中継」。
ラジオは、それを最初からやっていただけでした。

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