――非意図性シグナルと、ストーリーの正体について
「ツルッとした文章」への違和感
最近、AIが生成したブログを読んでいて、内容に不備はないのになぜか物足りなさを感じることはないでしょうか。論理は完璧で構成もスマート。なのに、読み終わったあとに何も残らない。その違和感の正体を探っていくと、ひとつのキーワードに突き当たります。それが「非意図性シグナル(Unintentional Signals)」です。
私たちは日常のコミュニケーションにおいて、言葉の内容だけでなく、無意識に漏れ出してしまう「非言語的な合図」を頼りに、相手の本音や情報の信頼性を判断しています。声の震え、わずかな沈黙、あるいは言葉の端々に滲む熱量。こうした、話し手自身もコントロールしきれない「ノイズ」こそが、情報の受け手に実在感を与えています。
AIが書く文章に感じる「ツルッとした質感」の正体は、この非意図性シグナルが徹底的に排除されていることにあります。
DTMにおける「ヒューマナイズ」の逆説
この感覚は、DTM(音楽制作)におけるドラムの打ち込みに非常に似ています。1ミリの狂いもなくグリッドに吸着されたリズム(クオンタイズ)は、数学的には正しいのですが、音楽としては死んでいます。聴き続けると脳が「これは機械の音だ」と判断し、無意識に拒絶反応や飽きを感じ始めるのです。
そこで、制作者はあえてタイミングを数ミリ秒単位で前後にずらし、強弱(ベロシティ)を不均一にバラつかせます。この「完璧なグリッドからの逸脱」を、音楽の世界では「ヒューマナイズ(人間化)」と呼びます。
文章においても全く同じことが言えます。言葉の選び方に現れる微かな迷い、一見無駄に見える余談、情熱のあまり論理がわずかに飛躍してしまう瞬間。そうした「ヨレ」こそが、読者の脳に「これは生身の人間が、今この瞬間に発している言葉だ」という実感を刻み込み、心地よいグルーヴを生むのです。
NotebookLMが見せた「計算されたノイズ」の衝撃
しかし、AIの進化はこの「非意図性」さえも模倣し始めています。GoogleのNotebookLMが生成するポッドキャスト音声を聞くと、AI同士が驚くほど自然に「えーと」と言い、相手の言葉に被せ気味に笑い、感心したように相槌を打ちます。AIが非意図性シグナルを、データに基づき「意図的に」実装したのです。
これは、超高度なヒューマナイズ機能を備えたドラムマシンのようなものです。「ここで言い淀めば人間はリアリティを感じる」という統計的な最適解を計算し、人工的なノイズを配置する。一見、AIはついに人間味さえも手に入れたかのように見えます。
しかし、それを注意深く聴いていると、再び「不気味の谷」が顔を覗かせます。なぜなら、その言い淀みには本当の「理由」がないからです。人間が言葉を詰まらせるとき、そこには「恥ずかしい」「言い難い」「興奮している」といった内面的なドラマがあります。AIの言い淀みは単なるアルゴリズムの出力に過ぎず、演出が精巧であればあるほど、その背後の「空洞さ」が際立ってしまうのです。
コンテキスト(文脈)という名の重力
私たちがAIの演出に満足できない最大の理由は、AIにはコンテキスト(文脈)がないことにあるのではないでしょうか。
人間が発する言葉には、必ず「昨日までの人生」が紐付いています。ある人が「信頼が大事だ」と言うとき、その背後には、裏切られた経験や救われた記憶、積み上げてきたキャリア、反映される社会的リスクが地層のように積み重なっています。読者は情報を消費しているのではなく、その言葉を支えている「文脈という名の重力」を感じ取っています。
AIには守るべきプライドも、傷つく心もありません。リスクゼロの場所から発せられる完璧な正論は、あまりに安全すぎて「他人事」のように響きます。情報の「点」はあえても、それを結び、ひとつの「生き様」にする「線」が欠落しているのです。
感情が言葉を生む、それがストーリーの正体
では、AI時代において、私たちが書くべき「価値のある言葉」とは何でしょうか。その答えは、「感情が動き、言葉が溢れ出さざるを得なかったという切実なプロセス」そのものを書くことにあります。
情報の整理ならAIで十分です。しかし、「なぜ私はこの話をせずにはいられないのか」「なぜこの結論を出すまでにこれほど悩んだのか」という内面の揺らぎは、AIには再現不可能な領域です。
ストーリーとは、完成された美しい地図のことではありません。目的地に向かう途中で道に迷い、泥にまみれ、それでも一歩踏み出した旅の記録です。その泥の跳ね跡(非意図性シグナル)こそが、読み手のミラーニューロンを共鳴させ、深いレベルでの共感と納得感を生み出します。「感情が言葉を生む」という因果関係こそが、ストーリーの本質です。
結論:誰が、どんな体温で語っているか
結局のところ、これからのコンテンツビジネスにおける最終的な差別化要因は、「何が書いてあるか」ではなく、「誰が、どんな体温で語っているか」に集約されていくでしょう。
AIは「移動手段」としては最高に効率的です。目的地まで、最短距離で運んでくれます。しかし、その移動の途中で景色に感動し、涙を流すことはできません。
もしあなたが今、文章を書こうとして「うまくまとまらない」「論理がバラバラだ」と悩んでいるなら、その不完全さを無理に削ぎ落とさないでください。その「淀み」や「震え」こそが、AIには真似できない、あなただけの生存証明です。
クオンタイズされた完璧で冷たい世界。そこで私たちが本当に求めているのは、正解という名の「冷たいクリスタル」ではなく、不器用でも熱を帯びた「生身の言葉」なのです。
感情が言葉を生む。その衝動を信じること。それこそが、AI時代における、人間だけが持つ最強の武器になるはずです。

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