「努力すれば報われる」という言葉がありますが、多くの人はその「報われる瞬間(結果)」だけを夢見て、苦しいプロセスを耐え忍んでいます。しかし、スタンフォード大学の神経科学者、アンドリュー・ヒューバーマン博士は、これとは真逆の驚くべき主張をしています。
「結果ではなく、努力のプロセスそのものに報酬(ドーパミン)を感じるように脳を書き換えるべきだ」
今回は、ヒューバーマン博士の理論と、キャロル・ドゥエック氏の「成長マインドセット」を掛け合わせ、私たちが日々の仕事や生活でどうすれば「努力を快感に変えられるのか」を深掘りします。
なぜ「ご褒美」を期待してはいけないのか?
私たちは通常、プロジェクトの成功や昇進、あるいは仕事終わりのビールといった「外的な報酬」をモチベーションにします。しかし、ヒューバーマン博士によれば、これは長期的には危険な戦略です。
脳の報酬系物質であるドーパミンは、期待した報酬が得られた瞬間にピークを迎えますが、その後は必ず急降下します。報酬(結果)だけを追い求めると、その過程にある「努力」は単なる「苦痛な時間」となり、脳は徐々にその作業を避けるようになります。これが、現代人を襲う「燃え尽き症候群」の正体です。
博士が提唱するのは、ドーパミンを「結果」から切り離し、「今、自分が苦労している瞬間」に紐付けるという、いわば脳のハッキングです。
心理学と神経科学の融合:ドゥエック氏との共通点
この考え方は、心理学者キャロル・ドゥエック氏が提唱する「成長マインドセット(Growth Mindset)」と見事に一致しています。実はお二人はスタンフォード大学の同僚であり、その理論は互いに補完し合う関係にあります。
ドゥエック氏は、才能を褒められた子供よりも、「努力のプロセス」を褒められた子供の方が、より困難な課題に挑戦し、最終的に高い成果を出すことを証明しました。
- ドゥエック氏(心理学): 「まだできないだけ(Not Yet)」と信じ、プロセスを評価する。
- ヒューバーマン氏(神経科学): その「プロセスへの集中」が、脳内で持続的なドーパミン放出を促す。
つまり、マインドセットを変えることは、単なる精神論ではありません。自分の考え方ひとつで、脳内の化学物質の出方を物理的にコントロールしているのです。
「誰にでもできることではない」という壁をどう越えるか?
「苦労を楽しめなんて、修行僧じゃあるまいし無理だ」と感じるのが普通です。私たちの脳は、生存のために「楽をすること」を好むように進化してきたからです。特に現代は、スマホ一つで簡単にドーパミンが手に入る「即時報酬」の誘惑に満ちています。
しかし、ヒューバーマン博士は、これは「後天的に習得できる技術」だと言います。最初から100%楽しむ必要はありません。以下のステップで脳を慣らしていきます。
- 「摩擦」を歓迎する: 仕事中、「面倒だ」「苦しい」と感じたとき、「今、脳の回路が書き換わろうとしている。成長のスイッチが入った証拠だ」と自分に言い聞かせる。
- 自発性を意識する: 「やらされている」と思うとドーパミンは出ません。「自分が選んでこの困難に挑んでいる」と自覚するだけで、脳の反応は劇的に変わります。
会社で、チームで。明日からできる「ドーパミン・マネジメント」
この理論を個人の修行で終わらせず、職場で実践するために、具体的なアクションを提案します。
「摩擦」の言語化
1日の終わりに、成功したことだけでなく、「今日、自分が一番苦労した瞬間」を振り返ってください。「あのややこしいトラブル対応で、あきらめずに考え抜いたあの30分」をあえて自覚し、自分を承認します。これが脳にとっての「内的な報酬」になります。
報酬のランダム化(ギャンブルの原理)
毎回同じご褒美を与えないこと。ヒューバーマン氏によれば、報酬が「いつ来るかわからない(間欠強化)」状態が、最もドーパミン系を強化します。たまには、大きなプロジェクトの後でも「あえて何もしない」という選択をすることで、脳の依存を防ぎ、プロセスへの集中力を保てます。
ミスを「アップグレードの合図」にする
チーム内でミスが起きたとき、それを「能力の欠如」ではなく、「神経可塑性(脳が変わること)のトリガー」として捉え直す文化を作ります。「今のエラーで、正しいやり方への感度が上がったね」というフィードバックが、チーム全体のレジリエンス(復元力)を高めます。ミスをした瞬間の「不快感」こそが、脳が学習準備を整えたサインなのです。
結論:目的地ではなく「道中」に火を灯す
アンドリュー・ヒューバーマン博士の教えは、私たちに「モチベーションの源泉を外から内へ移せ」と説いています。
ビジネスにおいて「結果」は常に不確実で、コントロールしきれないものです。しかし、「今、この瞬間に注いでいる努力」は自分の意志で100%コントロールできます。
その努力している状態そのものを報酬と感じることができたとき、私たちはもはや「頑張らなければならない」という呪縛から解放されます。そして、結果的に誰よりも遠くへ、楽しみながらたどり着くことができるのです。

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