「チームのために、ナレッジ共有用のスプレッドシートやスライドを作った。でも、なかなか書き込みが増えない……。」
多くのリーダーが直面するこの悩み。実は、メンバーにやる気がないわけでも、ツールが使いにくいわけでもないかもしれません。原因はもっと深い、「知識が形を変えるプロセス」の滞りにあります。
今回は、野中郁次郎氏が提唱した「SECI(セキ)モデル」を補助線に、なぜ共有が進まないのか、そしてどうすれば「動き出す」のかを、私自身の試行錯誤を含めて考えてみます。
そもそも「SECIモデル」とは何か?
ナレッジマネジメントの聖典とも言われるSECIモデルは、知識には2つの形態があると考えます。
- 暗黙知: 言語化しにくい、個人の経験や勘、コツ。
- 形式知: 文章や図解、データなど、誰でもアクセスできる形になったもの。
この2つが、以下の4つのプロセスを「らせん状」にぐるぐると回ることで、組織の知識は増幅していきます。
- ソーシャライゼーション(共同化): 体験を通じて「感覚」を共有する。
- エクスターナライゼーション(表出化): 気づきを言葉や図にする。
- コンビネーション(連結化): 情報を組み合わせて体系化する。
- インターナライゼーション(内面化): 知識を実践し、自分の血肉にする。
なぜ、共有シートは埋まらないのか?
多くの現場で起きているのは、「ソーシャライゼーション(共同化)」を飛ばして、いきなり「エクスターナライゼーション(表出化)」を求めてしまうというエラーです。
メンバーが「何を書けばいいかわからない」「他人が使うシーンが想像できない」と感じるのは、その知識がまだ「自分だけの体感(暗黙知)」の段階にあるからです。
暗黙知は、非常に「文脈」に依存します。「あの時、あのトラブルが起きたから、この操作をした」という生々しい体験から切り離された瞬間、知識はただの無機質なデータに成り下がります。白いセルや空白のスライドを前に、メンバーが立ち止まってしまうのは、ある意味で至極真っ当な反応なのです。
実録:私の部で起きていた「優しさのブレーキ」
実は私自身、部内で気づきを書き留めておくシートを作った際、なかなか記入が進まないという壁にぶつかりました。
そこで気づいたのは、メンバーが「これを見た人がどう使うか、どう役立てるか」を真剣に考えすぎていたという点です。「説明が足りなくて誤解されないか」「こんな些細な内容で邪魔にならないか」……。
相手を想像する力があり、相手を思いやる優しさがあるからこそ、逆に筆が止まってしまうというパラドックスが起きていたのです。
「表出化」の壁を突破するアプローチ
知識に「文脈」という血を通わせ、共有を加速させるために、私は伝え方を工夫することにしました。
① ターゲットを「未来の自分」に設定する
「他人のために」という利他的な目的は、時として心理的プレッシャーを生みます。そこで、「誰かの役に立とうとしなくていい。3ヶ月後の自分が、同じミスで泣かないための備忘録でいいよ」と伝えてみました。
自分のためのメモなら、体裁を気にせず、本質的なコツがポロッと漏れ出すようになります。実は、本人が「自分のために書いたメモ」こそが、他人が読んだときに最もリアリティがあって役立つ情報だったりするのです。
② 「書く」前に「しゃべる」場を設ける
いきなり「書く」のが難しければ、まずは朝礼やミーティングで「今週のプチ発見」を1分だけ話す時間を設けます。周囲から「それ助かる!」「面白いね」という反応が得られれば、それは「共有する価値がある」という確信に変わり、シートに向かうハードルを下げてくれます。
③ 「問い」を具体化する
「自由に書いて」ではなく、「今週、一番ヒヤッとしたことは?」「ダメ元で試してうまくいったことは?」と、エピソードを引き出す問いかけを用意します。これにより、暗黙知が引き出されやすくなります。
リーダーが最初にすべきこと
最も効果的なのは、リーダー自らが「不完全な知識」をさらけ出すことです。「完璧な解決策」ではなく、「今日、こんな些細なことで迷って、こうやって解決したよ」という、少しラフな投稿を率先して行いましょう。
「こんな程度でいいんだ」という安心感こそが、SECIモデルのスパイラルを回し始める、最初の潤滑油になります。
結びに代えて
知識の共有は、単なる事務作業ではありません。それは、個人の孤独な気づきを、チームの共有財産へと変えていく「創造的なプロセス」です。
もし、あなたの作ったシートが止まっているなら、それはメンバーが相手を大切に思うがゆえの停滞かもしれません。まずは画面を閉じて、雑談から始めてみませんか?

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